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株式会社ダンクソフト

株式会社ダンクソフト 社員に合わせてオフィスを設ける。逆転の発想、サテライトオフィス

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社員に合わせてオフィスを設ける。逆転の発想、サテライトオフィス

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社員に合わせてオフィスを設ける。逆転の発想、サテライトオフィス

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ユニークな働き方ストーリー
社員に合わせてオフィスを設ける。逆転の発想、サテライトオフィス。

 WEBサイトの制作やソフトウェア開発を手掛けるダンクソフトは、サテライトオフィスやリモートワークなどのユニークな働き方を実践していることで知られ、テレビや雑誌などでも幾度となく取り上げられている。なぜ、わざわざ遠隔地にオフィスを設けるのか、なぜ、社員の在宅勤務を認めるのか。そこには、社員が企業に合わせるというごく当たり前の価値観を根底から覆す、企業が社員の都合に合わせるという逆転の発想があった。

自分の作品を世の中に送り出したい

 「若い頃は音楽漬けの毎日で、将来は音楽で食べていこうという心算でいましたから、当時の私が今の私の姿を見たら、さぞや驚くでしょうね」
 と話すのは同社の代表取締役、星野晃一郎社長。来年還暦を迎える星野社長が高校、大学に通っていた1970年代はフォークソングが一世を風靡し、ギターを弾けない者は若者ではないというような時代だった。星野青年も音楽にのめり込み、大学に進むとプロを目指して作曲もするようになったという。
 「大学を出てからもアルバイトをしながら音楽を続けていたんですが、よくある話で、中々、芽が出なかったんですよ。その頃、パソコンが普及し始めた時期で、興味本位で知り合いのシステムエンジニアからパソコンを借りていじっているうちに、食べていくにはギターじゃなくてパソコンなのかなと思うようになったんです」 
 ギターからパソコンに鞍替えした星野社長、その知り合いに紹介してもらったのが同社の前身である有限会社デュアルシステムだった。産業機械やその自動制御のためのソフトウェアを開発する従業員4名の小さな会社で、仕事は下請けメインで孫請け、ひ孫請けもあったという。業務に没頭する日々を送っていたある日、青天の霹靂ともいうべき出来事が起こった。創業者である先代社長が急逝したのだ。星野現社長が入社してから、わずか2年後のことだった。
 「悲しみと途方にくれる私に、遺族から会社を継いでくれと頼まれたのです」
 入社間もないキャリアの人間に後継者話とは奇異にも映るが、ギター青年は音楽にかけた情熱を全て会社に捧げていたのだ。なんと2年で売上を約3倍にまで伸ばす活躍ぶりで、増員した8名も含め、従業員全てを束ねる地位に上り詰めていた。それでも、業界経験は浅く、年齢も30の若輩。不安とためらいに苛まれたが、遺族の思い、先代の意志、それに多くの部下を抱えていたこともあって、星野社長は会社を引き継ぐことを決断した。
「若さゆえというのもありますが、経営のことをあれこれ考えず、とにかく目の前の仕事に集中しました」
 星野社長が代表に就任したことで徐々に会社の業務内容にも変化が現れた。それまでの下請け仕事に加え、オリジナルのソフトウェア開発にも乗り出したのだ。
 「もともと音楽をやっていたので、自分の作品を作りたいという思いはずっとあったんです。音楽は才覚に恵まれず断念しましたが、ソフトウェアも著作権が認められている以上、音楽と同じ作品の一つ。その作品作りで世の中に問いたいという気持ちがあったんです」
 ソフト開発は、いわばアーティスト魂の産物。この事業拡大をきっかけに同社に自由な発想が次から次に吹き込まれていった。もっとも象徴的な制度がサテライトオフィス。社員全員が都心にあるオフィスに集まって仕事にかかるという常識ともいうべき形態にくさびを打ち込んだのだ。

body1-1.jpg面白いと思ったことは、どんどん取り組んでいきたいと語る星野晃一郎社長

それぞれの事情を抱える社員たち。柔軟に対応するサテライトオフィス

 徳島県に2箇所、栃木県に1箇所ある同社のサテライトオフィス。徳島市内のオフィスでソフトウェア開発のチームマネージャーを務める竹内祐介さんは2012年の入社。
 「東京の大学卒業と同時に生まれ育った徳島に戻り、IT企業で10年ほどプログラマーとして勤めていたんですが、あるとき会社の方針転換があったんです」 
 それはエンジニアの大半を東京へ転勤させるというもので、竹内さんも転勤を言い渡されたという。これには大いに逡巡したと振り返る竹内さん。それもそのはず、念願だった第一子が生まれるタイミングでの辞令だったからだ。家族で東京に移り住むか? あるいは生まれてくる子供の育児環境を優先して妻子を残して単身赴任をするか? はたまた会社を辞めて徳島で再就職先を探すか? 考え抜いて出した答えは徳島での再就職だった。しかし、当時は日経平均株価が、1万円割れが続いた2012年初頭。
「決して景気が良いとは言えない状況に加えて、徳島という土地柄、企業数も採用数も少なく、思うように転職先が見つからなかったんです。そんなときに退職した会社の先輩から、ダンクソフトという会社が徳島県の神山町にサテライトオフィスをつくるという情報を聞いたんです。IT企業で、なおかつサテライトオフィスという聞きなれない制度にも興味が沸き、一度見学に行ってみようと思ったわけです」
 神山町とは徳島県北東部にある限界集落。過疎の進む町、それもオフィスは山を分け入った古民家だったというから、竹内さんはこんなところで仕事になるのかと驚いたと振り返る。見学を機にさらに興味を持った竹内さんは、徳島県内で自分のスキルを活かした仕事ができるのは絶好のチャンスと、件の先輩を通じて星野社長にアポイントをとった。
 「社長と会ってダンクソフトで働きたいという意思を伝え、それでも神山町は徳島県内ではあっても、今の住まいからは離れていることを素直に伝えてみたんです。そうしたら、その場で『じゃあ、徳島のサテライトオフィスをもう一個作ったらいいんじゃない』と予想もしていなかった方向に話が展開して行ったんです」
 この思いがけない星野社長からの提案はまさに願ったり叶ったりであった。その後、自宅近くにオフィスを借りて社員も2名増やしたという竹内さん、現在は念願だった家族との時間と仕事を両立させ業務に邁進している。

body2-1.jpg徳島オフィスの竹内祐介さん(右)

サテライトオフィスが新たな雇用を生む

 社員に合わせてオフィスを設けるという、まさに社員有りきの逆転の発想で設けられたのは徳島オフィスだけではない。栃木県の宇都宮オフィスもそうした考えでつくられたサテライトオフィスだ。そこで働く遠山和夫さんは大学卒業後、都内のIT企業を経て、栃木県に越している。
 「就職した会社は、派遣が主な業務で都内のクライアント企業を転々としていたんです。やがて一所に留まって落ち着いて仕事をしたいと思うようになり、妻の実家がある栃木県に越すことにしました。ところが栃木で就職したところも、景気が悪くなると東京に派遣される仕事が増えてきたんですね。これでは元の木阿弥だということで転職を決意したんです」
 退職を決めたときに声を掛けたのが星野社長だった。遠山さんが働いていた会社とダンクソフトは同じマイクロソフトの代理店をしており、その懇親会で知り合ったのだという。
 「社長なのに髪を金髪にして目立っている割には、人見知りだったようで、懇親会なのにひとりでぽつんとしていたんです。そんな様子が気になったのとマイクロソフトの営業担当者が同じだったことから話すようになりました」
と当時を振り返る遠山さん。そんな星野社長に立場と窮状を訴えると、親身に耳を傾けてくれ、ダンクソフトへの転職話はトントン拍子に進んだという。しかも、東京オフィスではなく遠山さんの都合に合わせて、栃木の在宅での勤務という好条件だった。その後、顧客との打ち合わせスペースや、今後人員を増やす予定でもあったことから、自宅近くにオフィスを借りた。ここがダンクソフトの宇都宮オフィスになったというわけだ。それにしても、なぜここまでして社員本位に徹するのか気になるところではある。その答えは、同社の企業理念のひとつである「Love your life, love your time」にあるという。つまり、自分の人生を愛し、自分の時間を愛せるようになることが、ひいては同社で働くモチベーションや新たなサービスを生む原動力になるというわけだ。こうした理念もあって生まれたサテライトオフィスからは、新たな雇用も生まれているという。
 「宇都宮オフィスで働いているひとりは、介護をしなければならなくなってUターンで栃木に戻ってきた若者なんです。どうにもならない事情で家を離れられない人に働ける環境を提供できたというのは、代え難い喜びでした」
 今後、IT業務に限らず、事務処理などの在宅でもできる仕事を地方に供給できる仕組みづくりをしていきたいと遠山さんの夢は広がる一方の様子。それは紛れもなく、従業員本位の取り組みの賜物といえよう。今後はどのようなイノベーションを起こしてくれるのか、同社から目が離せない。

body3-1.jpg宇都宮オフィス誕生の経緯を語る遠山和夫さん

編集部からのメッセージ

ロゴマークも就業規則も社員発案

 「社員が会社をつくる」という言葉が実践される同社。同社のロゴマークも社員から発したもののひとつで、星野社長がある日、出社すると会議があるからと呼ばれていくとロゴマークを決める会議だったという。その会議で決められたのが現在の同社のロゴマークである。就業規則も例外ではない。同社の育児休暇は3年。加えて子育て中は通常の有給休暇プラス20日が与えられる。他にも3年以上勤めた社員は、3カ月単位、合計1年間の休業も取れるという就業規則は、いずれも社員たちからの発案というから驚きである。ここまで社員任せにして経営は大丈夫なのかと心配にもなるが、そこには星野社長の経営哲学がある。
「私の役目は羊飼いだと思っているんです。社員を引っ張っていくようなリーダーシップではなく、後ろから社員についていって、間違った方向に行きそうになったらそれを修正してあげる。こうして社員の自立心を育むことで会社は成長していくのだと考えています」(星野社長)
 仕事を押し付けられ、それを黙々とこなしていくよりも、与えられた大きな裁量の中で自らが率先して仕事に励むほうが、モチベーションが高くなるのはいうまでもないこと。社員の働きがいを追求する星野社長の経営哲学に、新しい時代の息吹を感じた。

edit-1.jpgハイセンスながら木の暖かみも感じられる徳島オフィス
  • 社名:株式会社ダンクソフト
  • 設立年・創業年:設立年 1983年
  • 資本金:1,000万円
  • 代表者名:代表取締役社長 星野晃一郎
  • 従業員数:22名(内、女性従業員数6名)
  • 所在地:103-0022 東京都中央区日本橋室町1-13-5 日本橋貝新N.Yビル 8階
  • TEL:03-3510-0457
  • URL:http://www.dunksoft.com/
  • 採用情報:ホームページよりお問い合わせください

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